大判例

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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)423号 判決

原告

大谷光紹

右訴訟代理人

阪岡誠

石田義俊

河野正実

被告

本願寺

右代表者

古賀制二

右訴訟代理人

表権七

三宅一夫

入江正信

坂本秀文

山下孝之

長谷川宅司

吉川哲朗

主文

一  原告の被告(本願寺)の法嗣であることの確認請求の訴を却下する。

二  原告のその余の請求(法嗣費支払い請求)を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一  原告

1  原告は被告(本願寺)の法嗣であることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五六年六月一六日以降右法嗣の地位喪失まで毎月二五日限り一か月金六五万四、五〇〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに右2項につき仮執行宣言。

二  被告

1  原告の本件訴えを却下する。

2  右が認められないときは、原告の請求を棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  宗教法人である被告(本願寺)の包括法人である真宗大谷派の内部規定たる本山寺法七条、一三条には、「本願寺(被告)の住職の嫡出の長男で得度式を受けた者を法嗣と称し、法嗣は、住職を補佐し、寺務に参与し、住職に準じた待遇を受ける地位にある」旨規定されている。そして、被告(本願寺)の規則には、真宗大谷派の規則中被告(本願寺)に関係ある事項に関する規定は被告(本願寺)についてもその効力を有する旨規定されている。これは被告(本願寺)の内部の地位を定める規則が真宗大谷派に委任されたものである。

2  しかして、原告は、被告(本願寺)の住職である大谷光暢の嫡出の長男であつて、得度式を受けた者であるところ、前記1記載の規定、規則に基づき、昭和一〇年頃(今から五〇年前)被告(本願寺)の法嗣の地位に就任した。

3  そうすると、原告は、被告(本願寺)の法嗣の地位にある。

4(一)  次に、原告は、前記2記載のとおり、被告(本願寺)の法嗣の地位に就任して以来、被告より、法嗣としての待遇を受け、法嗣費として毎月二五日限り金六五万四、五〇〇円の金員の支給を受けて来た。

(二)  右法嗣費は、前記規定、規則に基づき、原告が被告の法嗣という地位に就任(準委任類似の契約の成立)したことにより、その職務遂行上に必要な原告の報酬として、被告から支給を受けて来たものである。

(三)  仮に、右根拠が認められないとしても、慣習ないし慣習法上、原告は被告に対し右法嗣費請求権を有する。

5  しかるに、昭和五六年六月二六日、真宗大谷派の代表役員として登記されている五辻實誠名で、原告宛に、原告は法嗣(新門ともいう)でなくなつた旨の通知があり、被告は、昭和五六年六月一六日以降原告に対し前記法嗣費の支払を止め、原告が法嗣の地位にあることを争つている。

6  よつて、原告は、被告に対し、原告が被告(本願寺)の法嗣であることを確認し、昭和五六年六月一六日以降右法嗣の地位喪失まで毎月二五日限り一か月金六五万四、五〇〇円の割合による右法嗣費を支払うことを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1のうち、被告(本願寺)が宗教法人であり、その包括法人が真宗大谷派であることは認めるが、その余の事実は否認する。

2  請求の原因2、及び3のうち、原告が大谷光暢の嫡出の長男で得度式を受けた者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

3  請求の原因4のうち、原告が昭和五六年五月一五日まで被告より法嗣費として毎月金六五万四、五〇〇円を受領して来たことは認めるが、その余の事実は否認する。

後記三の1記載のとおり、法嗣の地位は、原告主張のとおり、被告と準委任類似の契約関係にあるものでなく、また右法嗣費は、原告が被告に権利として請求できるものではない。

4  請求の原因5の事実は認める。

5  請求の原因6は争う。

三  被告の抗弁

1  本案前の抗弁

(一) 原告主張の被告(本願寺)の法嗣とは、被告(本願寺)の住職の長子で得度式を受けた者とのことである。

ところで、被告(本願寺)の住職は、被告(本願寺)の代表役員ではなく(代表役員は、真宗大谷派の宗務総長の職にある者が充たることとなつている。―本願寺規則四条―)、本山寺法八条により、その職務として、「本派の僧侶の師範であつて、門徒の教化を指導し、本山の儀式及び行事を行う」ものとされており、専ら宗教的事項を行なう宗教上の地位である。そうすると、右住職は、宗教団体内における宗教活動上の地位にすぎないところ、かかる宗教上の地位についてその存否の確認を求めることは具体的な権利又は法律関係の存否について確認を求めるものとはいえないから、右訴は確認の訴の対象となるべき適格を欠くものであり、訴として不適法である(最高裁判所、昭和四四年七月一〇日、民集二三巻八号一四二三頁、昭和五五年一月一一日、民集三四巻一号一頁)。

しかして、原告主張の法嗣たる地位は、「住職後継者で得度式を受けた者」であるので、宗教上の地位である住職の後継者たる地位であるにすぎない。そうすると、住職の右地位からして、法嗣の地位自体宗教上の地位であること明らかである。

その上、被告(本願寺)には現在住職たる地位は存在せず、それに伴なう法嗣たる地位も存在しない。これは、真宗大谷派の昭和五六年五月二五日の宗憲改正(同年六月一一日施行)に伴つて、本願寺の住職たる地位がなくなつたからである。

(二) 次に、原告は、法嗣の地位の内容として、被告に対し法嗣費の支払いを求めており、これは具体的な権利(準委任類似の契約に基づく)である旨主張している。

しかし、右法嗣費は、法嗣としての品位保持の資に充てるために支給されるものであり、真宗大谷派の宗議会において議決される予算に基づいて支給され、国の制度でいえば皇族費に当たるものである。従つて法嗣の側から被告に対し一定の具体的な金銭を請求する権利が存するものではない。被告が法嗣費支給に際して源泉徴収しているとしても、それは税法上の取扱としてのものであつて、前記実質関係を左右するものではない。そうすると、右法嗣費の支出は、法嗣という地位に附随しているものであり、法嗣という地位が法律上の地位の前提問題であるということはできない。

(三) 以上の次第で、原告の本件訴は、不適法であるから、却下されるべきである。

2  本案についての抗弁

(一) 昭和五六年五月二七日、真宗大谷派は、その宗議会において宗憲改正を行なつて、新宗憲を同年六月一一日から施行することになり、これにより被告(本願寺)の住職の地位をなくしてしまつた。そうすると、右住職の後継者である法嗣の地位も、右のとおり住職がなくなつた以上、なくなつた。

(二) その上、同年六月一一日、真宗大谷派は、右新宗憲施行に伴い、法嗣の地位の根拠規定たる本山寺法を廃止した(宗憲附則6)。そうすると、これによつても、法嗣の地位は存在しなくなつた。

(三) さらに、原告は、東京本願寺の真宗大谷派からの離脱に伴い、昭和五六年六月一五日真宗大谷派の僧籍を削除された。法嗣の要件たる得度式は真宗大谷派の僧侶を離れて抽象的な浄土真宗の僧侶といううなものは存在しない。真宗十派への転派手続は簡易ではあるが、それは、真宗十派が共通に親鸞を宗祖としているので、十派間での協議によつて転派について得度式を省略したにすぎず、また真宗十派所属の寺、僧侶の間内での転派についてのみ認められているものであつて、原告のように十派に所属しない単立寺院の所属者に、右転派の規定が適用されるものではない。原告は、真宗大谷派から東京本願寺を離脱させるについて、真宗大谷派とは「信心が異なる」ことを理由としていたのであり、その原告が真宗大谷派の根本道場である被告(本願寺)の宗教上の地位を有するという主張は論理的にも全く成立すべからざるものである。そうすると、右僧籍の削除によつても、原告は法嗣たる地位を喪失した。

(四) 以上の次第で、原告は、被告(本願寺)の法嗣の地位を有しなく、従つて、被告に対し、右改正、廃止以降法嗣費の支払いを請求する権利を有しない。

四  抗弁に対する原告の認否

1  本案前の抗弁について

(一) 法嗣たる地位が宗教上の地位であるとの主張は争う。

法嗣の地位は単なる宗教上の地位ではない。その事由は次のとおりである。すなわち、原告は、被告(本願寺)の寺院の寺務に参与する権利を有しているものである。右寺務とは、被告(本願寺)の寺院の「寺の事務」という意味であり、それは宗教上の儀式のみでなく、宗教法人としての法律上の行為を含む概念であり、単なる被告(本願寺)の寺院の宗教上の儀式を意味するものではない。なぜならば、本山寺法八条では、「住職は本山を代表し、寺務を総理する。」と規定し、「寺務」とは法律上の地位にある代表役員が総理する事務であることを明確に規定している。また、本山寺法二一条では、「本山の寺務は内局が行ない、その事務は、宗務所の各部門において分掌する。」と規定し、「寺務」を総理するのは代表役員たる住職であるが、実際に「寺務」を執行するのは「内局」である。これと同様の規定は被告(本願寺)の規則にも存する。すなわち、同規則一四条では、「この寺院の寺務は、大谷派の内局が行ない、その事務は、大谷派宗務所の各部門において分掌する。」として、「寺務」を執行するものは、「内局」であることを明確にしている。もし、右「寺務」というものが、単なる宗教上の儀式を意味するものであるならば、宗教法人としての法律事務の執行方法はどのようにすべきというのであろうか。思うに、代表役員たる住職は、「寺務」を総理するのみで執行しないのである。しからば、宗教法人の法律事務の執行行為者は不存在となつてしまうものである。それ故、右「寺務」とは法律事務の執行を含む概念であることは、明々白々である。従つて、その法律事務を含む「寺務」に参与する権限を有する法嗣は、法律上の地位をも有する地位である。そして、原告の法嗣の地位と被告(本願寺)との法律関係は、準委任類似の法律関係である。

しかして仮に、法嗣たる地位が宗教上の地位であるとしても、他に具体的な権利又は法律関係をめぐる紛争があり、その当否を判断する前提問題として、特定人につき、その宗教上の地位を判断する必要がある場合には、右地位の存否につき裁判所は審判権を有するものである(最高裁判所、昭和五五年一月一一日判例時報九五六号五五頁、昭和五五年四月一〇日同九七二号八六頁)。

(二) 被告(本願寺)には住職たる地位が現在では存在しないとの主張は争う。

被告は、真宗大谷派の昭和五六年五月二七日の宗憲改正に伴つて、被告(本願寺)の住職たる地位はなくなつた旨主張するが、右宗憲改正そのものが後記五に記載のとおり、無効・不存在である。そうすると、被告の右主張は失当である。

(三) 被告は、法嗣費請求権について、これは法嗣という宗教上の地位に対してその待遇を与えるものにすぎず、その支払について法律上の権利義務関係にはない旨主張するが、この主張は争う。

その事由は次のとおりである。すなわち第一に、前記(一)記載のとおり、法嗣の地位は単なる宗教上の地位ではない。第二に、仮に法嗣の地位が宗教上の地位であるとしても、その宗教法人の宗教上の地位にある者と、その宗教法人との間には準委任類似の法律関係を有する。原告はかかる法律関係に基づいて法嗣費を受領して来たものである。その実質を検討するに、原告は法嗣という地位に就任し、その職務を遂行しているため、現実には他のいかなる職業に就くことも出来ず、その人間としての生活基盤たる金銭面での定期的収入の主たるものは、この法嗣費であつたのである。それ故、この名目としては、法嗣費といういかにも宗教的収入のように見える金員は、法嗣としての職務遂行上に必要な、原告の報酬(会社の取締役が受給する報酬の意味であつて、一般的なサラリーマン重役であれば、その実質は給料)であることは明らかである。法嗣費が実質報酬であることは被告自身も認めていることであり、そのため被告の原告に対する法嗣費の支払は、源泉徴収して支払つている。被告が主張するような単なる宗教上の地位に対してその待遇を与えるものとの主張は、法嗣費の支払についていかなる法律構成をしているのか原告には不明であるが、原告なりに理解すると、それは贈与となるものと理解されるが、もしそうであるならば、何故源泉徴収をするのか理解できない。これは、被告自身が法嗣費は実質報酬である、との事実を認めている証左である。以上要するに、原告の受給していた法嗣費とは、①被告(本願寺)との準委任類似の法律関係に基づき、②被告(本願寺)の法嗣の職務を遂行するために、③被告(本願寺)自身、源泉徴収して報酬を支払い、④原告はかかる前提にもとづいて法嗣として、あるいは社会人として生活を営み、⑤原告にとつて必要不可欠の収入であるものであつて、法嗣費請求権は法律上の権利である。さらに、また、原告は、法嗣の地位にあり、この地位に基づき過去五〇年以上に渡つて慣行として法嗣費を受給し、その社会生活を営んできたものであり、慣習ないし慣習法上法嗣費を受給する権利を有するものである。

そうすると、原告は、具体的な権利を主張しているものであるから、裁判所の司法権の及ぶものである。

2  本案についての抗弁について

(一) 抗弁2の(一)の事実は否認する。

(二) 抗弁2の(二)の事実は否認する。

(三)(1) 抗弁2の(三)の事実は否認する。

(2) 仮に、原告が、真宗大谷派の僧籍を削除された事実があるとしても、これによつては、法嗣の地位を喪失しない。その事由は、次のイないしホのとおりである。

イ そもそも真宗大谷派の僧籍は、法嗣の地位の要件ではない。すなわち、本山寺法一三条では、住職後継者が得度式を受ければ、法嗣の地位に就くものであり、その要件とは①住職後継者であること、②得度式を受けることであり、それ以外真宗大谷派の僧籍等何らの要件をも必要とするものではない。

ロ この得度式とは、その説明概念としては、真宗大谷派の宗憲で規定されているように、本派(真宗大谷派)の僧侶となる儀式をいうのであるが、これは正確な概念とは言いがたい。得度式とは、浄土真宗(真宗大谷派を含む一〇派ある)の僧侶となる儀式である。真宗大谷派法主のなす得度式は、単に真宗大谷派のみならず、浄土真宗一〇派のいかなる派の僧侶にもなることができる儀式であり、浄土真宗一〇派共通の儀式である。それ故、僧侶条例九条に、「他派から本派に転属した者は、別に得度式を行うことなく僧籍簿に登録し既度牒を授ける。」とあるように、真宗大谷派においても、浄土真宗の他派において得度式をうければ、再度真宗大谷派の得度式を受けなくてもよいとされている。なお、既度牒を授けるとあるが、これは他派の統理者より授けられた度牒に裏書のような行為をなすことである。以上述べたように、得度式は得度式として独自の存在意義を有し、度牒を授ける行為、あるいは僧籍簿に登録する行為とは全く別個の行為である。それにも拘わらず、本山寺法が法嗣の要件として、得度式を授けることのみを要件とし、僧籍登録を要件としていない以上、僧籍削除したことをもつて法嗣の地位にないといえないことは明らかである。

ハ さらに、僧籍とは各寺院にある(僧侶条例一二条)もので、真宗大谷派の僧籍なる言葉は、僧籍を置く各寺院が真宗大谷派に包括されていることから用いられるものに過ぎないものである。そして、僧籍削除の権限を有する者は、特別の定めがない限り、僧籍を与えた者である。真宗大谷派の場合、僧籍を与える者は、本願寺門跡=本願寺住職=真宗大谷派法主であり、宗務総長ができるものではない。宗教法人法一条二項、一八条六項の規定の趣旨よりして、世俗的機関たる宗務総長が、右本願寺門跡の権限を行使することは、宗教法人法違反であることは明白であり、その効力がないことは多言を要しない。ところが、原告は、右本願寺門跡より僧籍削除をうけていないものであり、被告(本願寺)の僧侶である。

ニ 本山寺法は、一五条「住職及び法嗣又は先代住職の子であつて、得度式を受けた者は、連枝といい、その待遇を受ける。2 連枝の僧籍は、本山に置く。」と規定しているが、本願寺住職・本願寺法嗣については、その僧籍についての規定はない。蓋し、本願寺住職、本願寺法嗣そのものが、本願寺の教義であり、同人らに僧籍なる観念は必要でないからである。すなわち、原告には、僧籍削除ということはありえないものである。

ホ 原告が被告(本願寺)の法嗣の地位にあるか否かについては、本山寺法の規定で判断されるべきであり、そこには、真宗大谷派との関連は一切規定されていない以上、真宗大谷派こそ無関係である。蓋し、法嗣とは、「真宗大谷派」の僧侶としてその地位に就任するのではなく、被告(本願寺)住職の長子が、得度という宗教儀式を受けて、「浄土真宗」の僧侶となることによつて当然に就任するものであるからである。

五  原告の再抗弁

仮に、抗弁2の(一)及び(二)記載のとおり、真宗大谷派の宗憲改正が行われて、新宗憲が施行され、本山寺法が廃止されたことが認められるとしても、

1  右改正、廃止は、次の(一)ないし(八)に記載のとおり、適法に成立しておらず、無効、ないし不存在である。

(一) 昭和五五年六月四日京都地方裁判所において、同月六日からの真宗大谷派の宗議会開催禁止の仮処分決定(昭和五五年(ヨ)第三四〇号)がなされたにもかかわらず、真宗大谷派は、これに違反して宗議会を開催し、訴外五辻實誠(以下「五辻」という)が宗務総長に推挙された。

(二) しかし、この推挙は、右仮処分決定に違反し、無効であること明らかであるから、この時点では、宗務総長は存在しなかつたし、五辻は宗務総長ではありえない。

(三) その後の同年一一月初旬、真宗大谷派の管長は、五辻を宗務総長に任命し、前記仮処分違反の宗議会を瑕疵なきものと承認した。

(四) しかし、宗務総長でない五辻を管長の任命行為のみで宗務総長に就任させることは不可能であるし、また、対世的効力を有する仮処分決定に違反する宗議会の議決を、管長の承認のみでこれを有効とすることは不可能である。従つて、この時点でも五辻は宗務総長でなく、宗務総長は存しない。

(五) その後、真宗大谷派は、同年同月一九日宗議会の臨時会を開催し、宗議会は、前記管長の前記承認行為を宗議会としても承認決議をなし、もつて前記仮処分違反の宗議会のなした議決の承認決議をなした。

(六)(1) しかし、右臨時会の招集手続は無効である。すなわち、右臨時会の招集は、管長が「内局の補佐と同意により、内局の達令への副署」を要件としてなすべきものである(宗憲一九条)ところ、内局とは、宗務総長及び同人が選定する参務で組織されるものである(同四三条)。ところが、前記のとおり、宗務総長が存在しない以上、内局も存在しなく、従つて、「内局の補佐と同意」及び「内局の達令への副署」を欠くものであるから、招集手続に重大な瑕疵がある。

(2) また、右臨時会での議決は、宗務総長の提案事項に限られる(宗憲二四条)ところ、前記のとおり、当該時点で宗務総長は存在せず、適法な提案権者が存在しない以上、右臨時会ではいかなる議決もできず、それをなしたところで無効不存在である。

(3) さらに、右臨時会では、仮処分違反宗議会の議決の承認決議のみであり、対世的に無効な決議がかような決議のみで有効とならないことは明白である。それ故、この臨時会終了時においても宗務総長は不存在である。

(七) しかして、宗務総長不存在のまま、昭和五六年五月二七日真宗大谷派の宗議会が開催され、被告主張のとおり、宗憲の改正(新宗憲の実施)、本山寺法の廃止、納事章範なる内部規約が議決されたが、かかる議決は、無効不存在である。

(八) そうすると、無効な右議決に基づく、原告の法嗣の地位剥奪は無効であり、原告が右地位を有することは明らかである。

2  しかして、仮に、右1の主張が認められないとしても、右改正等は、次の(一)及び(二)の事由により、無効である。

(一)(1) 原告は、被告(本願寺)を本山とする訴外東京本願寺(宗教法人)の住職及び代表役員でもあつた。

(2) ところで、被告(本願寺)の包括法人であり、東京本願寺の包括法人であつた、真宗大谷派の宗憲改正に対し、東京本願寺及び原告は、被告(本願寺)の独自性を抹消し、且つ被告(本願寺)を本山とする全国約一万の寺院の自主自立の自由を奪つて信教の自由を著しく侵害するものとして強く反対してきた。

(3) しかし、真宗大谷派は、右宗憲改正の動きを止めなかつたため、東京本願寺は、右信教の自由に対する侵害を防止すべく、真宗大谷派との間の被包括関係の廃止(宗教法人法二六条)を決意し、昭和五五年一月二八日真宗大谷派に対しその旨の通知をなし、同年四月九日東京都知事に対しこれについての規則変更認証申請をなした。そこで、東京都知事は、昭和五六年三月二六日右申請を受理し、同年六月一五日右規則変更を認証した。

(4) 被包括関係の廃止は、信教の自由の制度的保障として、宗教法人法がこれを認め保護しているところであるが、真宗大谷派は、憲法及び宗教法人法を無視して右規則変更認証申請を取下げるよう執ように要求し、これに従わないときは原告を被告(本願寺)の法嗣と認めない旨言明していた。

(5) しかし、東京都知事は、当然のことながら、宗教法人法に基づき前記のとおり該認証をなし、ここに、東京本願寺の真宗大谷派に対する被包括関係が廃止された。

(6) ところが、真宗大谷派は、前記のとおり、宗憲の改正等をなして、原告の被告(本願寺)の法嗣たる地位を剥奪したのである。

(二) しかし、真宗大谷派ないし被告のなした右行為は、宗教法人法七八条一項に違反し、無効である。

すなわち、宗教法人法七八条一項では、包括関係廃止を理由とする不利益処分を禁止し、同二項では、これに違反した処分は無効としている。同条は、信教の自由の一具現である離脱の自由を保障するため、離脱通知後二年間は、一切の不利益処分という権限乱用を絶対に禁止しているものであり、離脱認証の有無とは全く無関係に規定しているものである。しかるに、真宗大谷派は、東京本願寺(ひいては、原告)の前記包括関係廃止を理由として、前記のとおり、原告の被告(本願寺)の法嗣の地位を剥奪する処分をなした。従つて、被告の右処分行為は宗教法人法により無効であることは明らかである。

六  再抗弁に対する被告の認否

1(一)  再抗弁1のうち、同(一)、(三)、(五)の各事実、及び昭和五六年五月二七日真宗大谷派の宗議会が開催され、原告主張のとおり宗憲の改正(新宗憲の実施)、本山寺法の廃止、内事章範の議決がなされたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  右議決は、次の(1)ないし(3)の事由により、存在し、有効である。

(1) 昭和五五年一一月の和解成立の経緯及びその後の経緯

真宗大谷派の紛争は、昭和四四年の開申事件を発端として、昭和五一年の大谷管長による嶺藤内局の解任により、大谷法主と内局側とは決定的な対立状態になつたが、昭和五三年の枳穀邸の所有権移転に伴なう告訴に関連し、大谷法主に対する京都地検の事情聴取が行われる等の捜査の進展に伴ない、昭和五四年双方代理人による話し合いが行われた。その際、内局側は、話し合いの前提として、①真宗大谷派と被告(本願寺)の代表役員を宗務総長とする、②全国五三別院の代表役員を輪番とする、③内局側の行つた全ての宗務を有効なものと認めるといういわゆる和解三原則を提示した。しかし、大谷法主側よりその後、さしたる返答がなかつたが、昭和五五年九月頃、大谷法主の側近武内克麿が被告(本願寺)の財産処分に関して逮捕され、告訴事件の捜査が大谷家に及びつつあつた頃、突然、大谷法主側代理人として内藤頼博弁護士より当時の五辻宗務総長に和解の打診があつた。その後、同年一〇月初旬、本願寺の離脱申請が京都府により不受理となり、同月中旬、大谷暢道の居宅である聖護院別邸が捜索されるという事態の発生により、右内藤弁護士より強い和解の申入れがあつた。そこで、内局においても、検討の結果、和解三条件を前提として大谷法主側と話し合うこととなつた。そして、同年一一月初め、双方互譲の上、大谷法主側は、右和解三原則を全て認め、一方、内局側は、刑事告訴の取下げ、大谷法主らの被告(本願寺)名による借財を内局側での処理、大谷法主を最高位者として処遇することを認めて和解成立となつたものである。すなわち、大谷光暢側は、①真宗大谷派及び被告(本願寺)の代表役員の地位を宗務総長に移すこと、②竹内良恵が管長として行つた宗務、嶺藤亮が宗務総長及び管長代務者として行つた宗務、五辻が宗務総長として行なつた宗務、並びに昭和五〇年より昭和五五年までの間に開催された宗議会及び門徒評議員会の議決等をすべて瑕疵なく有効なものとして承認すること、③全国の別院の代表権を輪番に移すことに同意し、一方内局側は、①大谷光暢らに対する刑事告訴を取下げること、②大谷光暢らが被告(本願寺)の代表役員名で負担した債務を内局において処理することに同意した。

そして、右同意に基づき、大谷光暢を管長と認め二人管長の異常事態を収拾して、大谷光暢は、五辻内局を任命し、右合意事項の承認並びに実現のため臨時宗議会を招集した。昭和五五年一一月一九日招集された宗議会は、冒頭、大谷光暢側と内局側の右合意事項、とりわけ過去の宗務及び宗議会の議決について、出席議員五一名全員一致によつてこれを承認し(ちなみに宗憲改正に必要な三分の二以上の議の要件を超える出席議員の全員一致によつて承認されている)、引続いて代表権移譲に必要な規則の改正を審議し、全て可決して終了した。更に、大谷光暢側と五辻内局側とは、右合意条項の法律上の効果を強化するため、昭和五五年一一月二二日即決和解(京都簡易裁判所昭和五五年(イ)第八八号)を行ない、右合意事項は和解調書に記載され、確定判決と同一の効力を有するに至つた。

前記和解契約に基づき、適法な手段を経て、真宗大谷派、及び被告(本願寺)の代表権移譲のための規則改正は、それぞれ所轄管庁により認証されたため、真宗大谷派及び被告(本願寺)の代表役員は、宗務総長の職にある者をもつて充てることとなり、五辻が代表役員に就任する旨の登記が完了した。

(2) 昭和五五年一一月の臨時宗議会の有効性

原告は、昭和五五年一一月の臨時宗議会の決議が無効である旨主張しているが、右宗議会は正当であり問題はない。その事由は次のイ、ロのとおりである。

イ 五辻の宗務総長の地位

五辻は、昭和五五年六月一八日真宗大谷派の宗議会において宗務総長として推挙を受け、同月二四日竹内良恵管長より任命を受けて宗務総長に就任し、さらに、大谷光暢法主との前記和解に基づき同年一一月八日大谷光暢管長から宗務総長として任命されるとともに、同月一九日開催の真宗大谷派の宗議会において、宗務総長の地位を確認され、五辻内局が行つた宗務及び昭和五〇年以降の各宗議会の決議の承認によつて、宗務総長としての地位は確定したものとなつた。

ロ 臨時宗議会の招集手続

五辻内局は、昭和五五年一一月八日、大谷光暢管長より任命を受け、その五辻内局の補佐と同意及び副署により臨時宗議会が招集されたものである。五辻内局は右臨時宗議会によつて承認されているので、右招集手続に瑕疵があるとしても治ゆされたものである。

また、招集状への副署は招集手続における附随的事項であり、実質的権限者たる管長の招集行為があり、内部紛争を収拾するための宗議会招集であり内局が当該宗議会で承認されているのであるから、極めて形式的な瑕疵にすぎず、宗議会の効力に影響をおよぼすものではないことは明らかである。

(3) 昭和五六年六月改正の新宗憲等の有効性

イ 真宗大谷派の宗憲は、昭和五一年開催の定期宗議会において改正され、管長に関する規定は次のとおり変更された。

旧宗憲第一五条二項の「管長は、本派を主管し、代表する」との規定を削除し、一七条の三を新設し、「管長の宗務に関する行為は、すべて内局の助言と承認を必要とし、内局がその責任を負ふ」との規定を置き、一九条の旧規定の「管長は内局の補佐と同意とによつて、左の宗務を行ふ」とあるのを、「管長は、内局の上申により、左の事項を行はなければならない」と改められ、管長の行うべき事項のうち、宗議会に関する事項について招集及び解散を除く、開会、閉会、会期の延長、停会が削除された。ところで、右宗憲改正の宗議会は、大谷光暢管長の職務拒否に伴つて昭和五一年選任された嶺藤亮管長代務者によつて招集されたものであり、嶺藤亮の管長代務者の職務執行について争いがあつた。

しかし、前記のとおり、昭和五五年一一月に至り、大谷光暢法主側と嶺藤及び五辻内局との間で成立した前記和解により、大谷光暢は、嶺藤亮が宗務総長及び管長代務者として行つた宗務及び昭和五〇年より昭和五五年までの間に開催された宗議会議決をすべて瑕疵なく有効なものとして承認し、大谷光暢管長によつて招集された同月一九日開催の宗議会は、右嶺藤の宗務及び宗議会の議決について、出席議員五一名の全員一致によつて承認した(ちなみに、宗憲改正に必要な三分の二以上出席しその三分の二以上の議決との要件を超える三分の二以上の出席議員の全員の一致によつて承認されている)。

以上によつて明らかなように昭和五一年に改正された真宗大谷派の宗憲が、右和解及び宗議会の決議によつて法律上有効なものとして確定された。

ロ 次に管長推戴条例八条は、昭和五一年度の定期宗議会において改正され、「管長が欠けて直ちに後任を定め難いとき、未成年であるとき、久しきに亘りてその職務を行うことができないとき、又は正当の事由なくしてその職務を行わないときは管長代務者を置く」とし、その九条は、管長代務者の決定は参与会、常務員会の四分の三以上の出席した会議で四分の三以上の多数を以つてこれを決することとし、「管長代務者の就任を要する場合の認定は、宗務総長が参与会及び常務員会に諮つてこれを定める」こととされていた。この管長推戴条例の改正も昭和五五年に合意に達した前記和解とその後の宗議会による承認によつて有効なものとして確定されたものである。

ところが、大谷光暢管長は、管長に実質的決定権なく内局よりの上申に従つて管長の職務を行うべきであるにもかかわらず、昭和五六年四月、宗憲上毎年一回招集しなければならないとされ、また真宗大谷派の活動の基盤をなす予算審議のための定期宗議会の招集をしないため、真宗大谷派としてやむをえず右管長推戴条例の規定に従つて竹内良恵を管長代務者に選任したものである。すなわち、

(イ) 定期宗議会は、毎年一回招集されるべきものと定められ(旧宗憲二三条)、会計年度(毎年七月一日から翌年六月末日まで)の関係から、年度内に予算を成立させるために六月中に審議を終えなければならないために、毎年、年度末に開催されてきたものである。

そこで、昭和五六年四月四日、五辻宗務総長は、大谷光暢の代理人である内藤頼博弁護士を通して、定期宗議会の招集方の上申を行つた(内藤弁護士経由の上申は、前記和解以後とられてきた方法である)。

(ロ) ところが、大谷管長は、議案を明示せよとの法外な要求をして、同月二二日内藤弁護士を通して、定期宗議会の招集を拒否する旨を五辻宗務総長に通知した。

(ハ) 大谷光暢管長の右定期宗議会の招集拒否は極めて重大なる義務違反である。

定期宗議会による予算を議決できないことになれば、末寺からの宗費等の上納金によつてのみ運営され、自身の固有財産をもたない真宗大谷派としては、七月以降、真宗大谷派は勿論、本願寺の宗教上の行事を含む一切の運営が不可能となるため、このように特別に重大な宗憲一九条の義務違反を、内局が拱手傍観することは許されないこと明らかであり、かつ遅滞することが許されない高度の必要性に迫られた緊急事態に対する措置として、五辻宗務総長は、大谷光暢管長の定期宗議会の招集拒否が、「正当な事由なくしてその職務を行わないとき」、に該当すると判断し、管長代務者設置のための参与会、常務員会を同月二三日招集し、念のため再度大谷管長に対して定期宗議会招集方の上申を翌二四日にしたが、大谷管長が再度招集を拒否したため、同月二七日、参与会常務員会を開催し、以上の事情を説明して管長代務者を置くべき場合かどうかを図つた結果、管長代務者を置くべき旨決議され(参与会は、出席議員九名中八名の、常務員会は、出席議員九名中八名の賛成)、竹内良恵が管長代務者に選任されたものである。

ハ 竹内良恵管長代務者は、昭和五六年四月二七日、定期宗議会を招集し、同年五月二七日より開催された、真宗大谷派の定期宗議会において宗憲が改正され、同時に本山寺法が廃止されて、真宗本廟条例、内事章範が制定され、真宗大谷派の法主が廃され、真宗大谷派門首たる後職が設けられた。竹内管長代務者により右宗憲その他の条例は、同年六月一一日公布直ちに施行された。

2(一)  再抗弁2のうち、同(一)の(1)、(3)、(5)の各事実、及び原告主張のとおり真宗大谷派が宗憲の改正等をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  原告は、右改正等による原告の被告(本願寺)の法嗣の地位の剥奪が宗教法人法七八条の不利益禁止に該当し無効である旨主張するが、右主張は、次の事由により失当である。

すなわち、宗教法人法七八条の不利益処分の禁止規定は、包括団体たる宗教団体が離脱を不当に制約することを防止し、信教の自由を保障するための規定であるといわれている。しかしながら、宗教団体が同一の信仰の下に団体を結成することは、信教の自由の一部である。従つて、団体である以上その内部秩序を維持するため懲戒処分を行うことは、その内部問題であつて当然許されることであり、特に宗教団体の場合、信仰に関して異端を主張することに対しては、重い処分がなされることも当然であり、このことは信教の自由の一部として保障されなければならない。そこで、宗教法人法七八条の規定について検討するに、同条は、宗教法人が包括する宗教団体から離脱するという被包括宗教法人からみた信教の自由に基づく行為を包括団体が不当に制約することを排除することを目的としているのであるが、同条による制約は、包括宗教団体が、被包括宗教法人の離脱を阻止するために、被包括宗教法人が未だ離脱していないことを奇貨として、被包括宗教法人の役員又は機関を解任し、権限を制限する等の不利益取扱を行つて離脱を妨害することを禁じたものであり、被包括宗教法人の離脱と関係があるものに限つて包括団体のした処分を無効としたものであるにすぎない。本件についていえば、被告の行つた処分は、何ら原告の所属寺院の離脱に影響を与えるものではなく、また原告の所属寺院については既に離脱したのであるから、被告の処分は離脱を制約するものではなく、同条の適用の余地は全くないといわなければならない。

七  被告の再々抗弁

仮に、真宗大谷派の宗憲改正等の議決につき宗教法人法七八条の適用があるとしても

同条は、時限的(離脱通知より二年間)に処分の効力を無効とするものであるところ、東京本願寺が真宗大谷派に対し離脱通知をなしてからすでに二年経過しているので、右議決は有効となつた。

八  再々抗弁に対する原告の認否

1  再々抗弁の主張は争う。

2  被告は、宗教法人法七八条は時限的に処分の効力を無効とするものであり、二年経過後は処分の効力は有効となる旨主張する。しかし、同条二項は、「前項の規定に違反していた行為は、無効とする。」と明確に宣言しており、不利益処分は明らかに無効な行為である。無効な行為は、何らかの行為により有効となる旨の特別な規定がない限り、あくまで無効であり、無効行為が時限的に有効となることなどありえない。そうすると、被告の右主張は失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、宗教法人である被告(本願寺)の包括法人である真宗大谷派の内部規定たる本山寺法(昭和二七年七月一日条例第五〇号)第一条には「本願寺は宗祖見真大師親鸞聖人を開山とする真宗大谷派本山であつて、全寺院及び教会の本寺とする。云々」、同七条には、「本山本願寺の住職は、別に門跡ともいい、宗祖の系統に属する嫡出の男子が左の順序により継承する。一、住職の長子、云々」、同一三条には「住職後継者で得度式を受けた者を法嗣と称し、別に新門跡ともいい、門跡に準じてその待遇を受ける。2法嗣は住職を補佐し、本山の寺務に参与する。云々」とそれぞれ規定されていたこと、被告(本願寺)の規則の四四条には、「宗憲及び真宗大谷派規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についても、その効力を有する。」と規定されていたこと、右本山寺法に基づき、大谷光暢が被告(本願寺)の住職に就任していたところ、原告は、大谷光暢の嫡出の長男であって、右本山寺法施行当時の頃から同規定による法嗣の地位にあり、被告から、法嗣費及び交際費の名目で昭和五六年六月一五日まで金員の支給(右最終当時は月額金六五万四、五〇〇円)を受けていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない〔但し、真宗大谷派が宗教法人である被告(本願寺)の包括法人であり、原告が大谷光暢の嫡出の長男であることは、当事者間に争いがない〕。

二そこで、まず、被告主張の本案前の抗弁について検討を加える。

1  法嗣の地位確認請求について

前記一において認定の事実によれば、法嗣とは、被告(本願寺)の住職の後継者で得度式を受けた者をいい、その役割は、住職を補佐して、被告(本願寺)の寺務に参与するものであるところ、〈証拠〉によれば、被告(本願寺)にも適用されていた真宗大谷派の内部規定である前記本山寺法八条には、「住職は本山を代表し、寺務を総理する。住職は本派の僧侶の師範であつて、門徒の教化を指導し、本山の儀式及び行事を行う」と規定されているが、真宗大谷派、又は被告(本願寺)の規則等において、住職がその地位で被告(本願寺)の人事権や財産上の取引についての事務を行なう権限を有する旨規定されたものは存在しないので、被告(本願寺)の住職は、被告(本願寺)の人事権や財産上の取引についての事務を行なう権限を有しなく、宗教的活動を行なうものにとどまること〔本山を代表して寺務を総理する、との意味は、宗教的活動の主宰者たる趣旨を表現したものである。被告(本願寺)の代表者、財産管理権者については別に真宗大谷派及び被告(本願寺)の規則に定めがあり、宗教法人法所定の規則でない、前記本山寺法に、世俗的意味の代表者等の定めをなす筈がないこと、総理する寺務については宗教的行事等以外に何ら具体的な定めもないこと、からも、右の点は十分推認できる〕、そうすると、法嗣は右住職の後継者として右住職を補佐して寺務に参与するものであるから、その寺務も住職の行なう寺務、すなわち、宗教的行事についてのみこれに参与し、被告(本願寺)の人事権や財産上の取引についての事務に関与する権限を有しないことが認められる。証人朝倉義正、及び原告本人は、いずれも、法嗣は、被告(本願寺)の人事権や財産上の取引についての仕事にも関与する権限を有していたなど右認定に反する供述をしているが、右各供述部分は、その内容が曖昧であることや、前掲証拠に照し、措信できない。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告は、法嗣は被告と準委任類似の法律関係にある旨主張するが、前記認定の地位の内容、役割を考慮すると、右主張を認めることは困難である。右認定の事実によれば、法嗣は、宗教的活動を行なう被告(本願寺)の住職の後継者たる地位であつて、その住職の職務(前記認定の宗教的活動)を補佐して右宗教的活動を行なう(参与する)にとどまり、独自に被告(本願寺)の財産的、人事的活動を行なうことができる権限を有するものでなく、被告と原告主張の如き法律関係(準委任類似の法律関係)にあるものでもない。そうすると、原告の法嗣の地位確認請求は、法嗣という宗教上の地位の存否の確認を求めるにすぎず、具体的な権利又は法律関係の存否について確認を求めるものとはいえないから、このような訴は確認の訴の対象となるべき適格を欠くものに対する訴として不適法であるものといわなければならない。

その上、後記三の3において判示のとおり、昭和五六年五月二七日の真宗大谷派の宗議会において宗憲が改正(新宗憲が制定)されて、前記本山寺法が廃止され(右改正、廃止等は同年六月一一日から施行)、被告(本願寺)の住職たる地位は廃止され、従つて、その後継者たる法嗣の地位も存在しなくなり、これに代るものとして、内事章範が制定されて、門首と、その後継者たる新門の地位が認められ、これらの改正等は有効に成立しているものであるから、右施行日以降被告(本願寺)においては法嗣たる地位はもはや存在しなくなつている。そうすると、仮に、法嗣たる地位が原告主張のとおりの被告(本願寺)の人事権や財産上の取引についての権限を有するものであるとしても、かかる法嗣の地位は、被告(本願寺)において現在存在しないので、右地位の確認を求める利益はないものといわなければならない(なお、原告は、右新門の地位の確認を請求しているものではない)。そうすると、原告の法嗣の地位確認請求の訴は確認の利益を欠く点からも不適法であるものといわなければならない。

以上の次第で、原告の法嗣の地位確認請求の訴は不適法であつて、却下すべきものである。

2  法嗣費の支払い請求について

原告は、右法嗣費支払請求は、原告と被告(本願寺)との間の準委任類似の契約に基づく報酬金債権、又は慣習ないし慣習法に基づく支払請求債権である旨主張して、被告に対し請求の原因6記載のとおりの一定の給付を求めているものであるから、右請求の訴は、右請求権の存否の判断はともかくとして、適法であるものといわなければならない。被告は、法嗣の地位が宗教上の地位であることを理由に原告が法嗣として被告に対し一定の具体的な金銭を請求する権利を有しなく、法嗣費の支出は法嗣という地位に附随しているものであり、法嗣という地位が法律上の地位の前提問題であるということはできないので、右支払請求の訴も不適法として却下すべきものである旨主張するが、仮に被告の右主張事由が認められるとしても、これらは、原告の前記主張の請求権の発生を否定する事由にとどまり、右請求の訴を不適法ならしめるものではない。なお、前記判示のとおり、法嗣の地位は、宗教上の地位ではあるが、原告の主張によれば、法嗣の地位は右法嗣費支払請求の前提問題となつており、その存否の判断の内容が宗教上の教義にわたる場合でもないので、右支払請求権の有無の判断につき法嗣の地位の存否を審理することは差し支えないものである。そうすると、原告の法嗣費支払請求の訴を却下すべきであるとの被告の主張は採用できない。

三そこで、進んで、原告の法嗣費支払請求について検討を加える。

1  原告が被告(本願寺)の法嗣の地位にあつて、被告(本願寺)に適用される真宗大谷派の内部規定たる前記本山寺法には、「法嗣は門跡(住職)に準じてその待遇を受ける」旨規定されていたところ、原告は、被告から昭和五六年六月一五日まで法嗣費及び交際費の名目で金員の支給(右最終当時は月額金六五万四、五〇〇円)を受けていたことは前記判示のとおりである。

2  しかし、原告と被告が準委任類似の契約関係にあることが認められないことは前記判示のとおりであり、さらに〈証拠〉によれば、法嗣費は、毎年一括して真宗大谷派及び被告(本願寺)の予算に計上されて、真宗大谷派の宗議会の決議を経て支出されて来たが、被告から原告に対する右支給については、格別の支給決定ないし右双方の合意は何らなされず(その増、減についても右決定ないし合意は全くない)、一方的に、被告から原告に対し振込送金等により支給されて来たこと、被告においては、右支給金は、原告に法嗣としての対面を保持させるために支給して来たものであつて、職務の対価としての趣旨で支給したものでないことが認められ、これら判示の諸点より考察すれば、前記1に判示の事実により、原告が被告に対し原告主張のとおりの準委任類似の契約の報酬金(又は慣習ないし慣習法による支給請求権)としての法嗣費(月額金六五万四、五〇〇円)の支払請求権を有するものと認めることは困難である(前記の法嗣費の支給は、右認定の経過、実情等によれば、職務の対価ではなく被告から原告に対し法嗣としての対面を保持させるための贈与、又は原告からは権利として要求できない自然債務としての支給ではなかろうかとの疑問が強く持たれる)。なお、〈証拠〉によれば、被告は、右支給に際し所得税の源泉徴収をなしていることが認められるが、被告において右控除をなした具体的な根拠、ないし趣旨を明らかにする証拠はないから、右事実の一事をもつて原告の右主張を認定するに十分ではない。他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  しかして、仮に、原告の右主張事実(原告が被告に対し右報酬金等として右金員の支払請求権を有する)が認められるとしても、次の(一)ないし(三)に判示のとおり、原告は、昭和五六年六月一一日被告(本願寺)の法嗣の地位を喪失したので、右同日以降被告に対し右法嗣費の支払請求権を有することは認められない。

(一)  〈証拠〉によれば、真宗大谷派は、昭和五六年五月二七日開催された宗議会における決議により、宗憲を改正して新宗憲(昭和五六年六月一一日宗達第三号)を制定し、本山寺法を廃止し、内事章範を制定したこと、本山寺法の右廃止、内事章範の施行は右新宗憲施行の日の昭和五六年六月一一日からなされたこと、右制定施行、廃止により、被告(本願寺)の住職の地位をなくし、従つて、その後継者たる法嗣の地位も存在しなくなつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  原告は、右宗議会における決議は再抗弁1記載の事由により不成立、ないし無効である旨主張する。

(1) ところで、〈証拠〉によれば、昭和五五年六月六日以降開催の真宗大谷派の宗議会において五辻を宗務総長として推挙する決議がなされたが、これに先立つて、訴外中山理々他から真宗大谷派及び竹内良恵に対し右宗議会の開催の禁止を求める仮処分申請がなされ(京都地方裁判所昭和五五年(ヨ)第三四〇号仮処分申請事件)、同年六月四日これを認容する決定が出されたことが認められるので、右宗議会において五辻を宗務総長に推挙する旨の決議は、右仮処分決定に違反しており、その効力を生ずるに由ないものといわなければならない。

(2) しかし、〈証拠〉によれば、真宗大谷派の管長であつた大谷光暢は、昭和五五年一一月八日、五辻を宗務総長に、細川ら五名を参務に、古賀制二を宗議会議長に、それぞれ任命したこと、右大谷は、右各任命権者であつたこと、右大谷と五辻内局(前記宗議会で推挙された五辻宗務総長と同人によつて選定された五人の参務で構成)との間で同年一一月、大谷光暢は、①、真宗大谷派及び被告(本願寺)の代表役員の地位を宗務総長に移すこと、②、竹内良恵が管長として行つた宗務、嶺藤亮が宗務総長及び管長代務者として行つた宗務、五辻が宗務総長として行つた宗務、並びに昭和五〇年より昭和五五年までの間に開催された真宗大谷派の宗議会及び門徒評議員会の議決等をすべて瑕疵なく有効なものとして承認すること等に同意し、一方、右内局は、①、大谷光暢らに対する刑事告訴を取下げること、②、大谷光暢らが被告(本願寺)の代表役員名で負担した債務を右内局において処理することに同意したこと等を内容とする和解が成立したこと、その後、宗議会の招集権者の大谷光暢によつて招集された昭和五五年一一月一九日の第一一一回真宗大谷派の臨時宗議会が開催された際、五辻が宗務総長として右和解内容を報告したころ、藤谷議員が「嶺藤内局以来行われた一切の宗務並びに宗議会の議決承認行為に対し瑕疵なきものとして有効であることを宗議会としても承認する」旨の決議を求める緊急動議を提出したこと、そこで、議長の古賀制二が右動機を議題とすることに決定したこと、同宗議会は出席議員五一名の全員一致で、昭和五〇年六月六日開催の第一〇一回宗議会から昭和五五年六月六日開催の第一一〇回宗議会までの合計一〇回の宗議会の決議及び承認についてすべて瑕疵のないものとして有効である旨承認するほか、①、嶺藤亮ら内局が行つた宗務及び被告(本願寺)の寺務、②、嶺藤亮管理長代務者が行つた宗務及び被告(本願寺)の寺務、③、竹内良恵管長が真宗大谷派の管長として行つた宗務及び被告(本願寺)の寺務、④、五辻ら内局が行つた宗務及び被告(本願寺)の寺務がすべて瑕疵ないものとして有効なものであると承認する旨の決議をしたこと、そして、昭和五五年一一月二二日京都簡易裁判所において、申立人竹内良恵、同嶺藤亮、同五辻、同古賀制二と相手方大谷光暢、同大谷智子、同大谷暢道間で前記和解条項による起訴前の和解が成立したことが認められ、〈証拠〉中、各右認定に反する部分は前掲証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) そこで、右事実関係により、五辻の宗務総長の地位の存否を判断するに、原告は、①右宗議会の招集には、管長において、内局の補佐と同意により内局の達命への副署を要するところ、五辻は宗務総長ではないから内局は存在しなく、従つて、右要件を欠く、②大谷光暢が五辻を宗務総長に任命したとしてもその効力はなく、③臨時宗議会の議事は宗務総長の提示したものに限られるところ、宗務総長が不存在であるから、何らの議事も決議もできない、④右臨時宗議会では仮処分違反宗議会の議決の承認決議のみであるからこれによつて右仮処分違反決議は有効にならない旨主張する。

しかし、仮に、原告の主張する右手続における瑕疵の点が認められるとしても、右①の主張の点については、宗議会招集の際の宗達による副書の瑕疵を主張するものであるところ、前記認定したところによれば、右招集は宗議会の招集権をもつ大谷光暢によつてなされたものであり、副書の瑕疵は招集手続における附随的事項に関する瑕疵にすぎず、これをもつて直ちに右宗議会を不成立としてその決議の効力を失わせるものと解するのは相当でなく、また右③の主張点については、前記認定したところによれば、前記宗議会出席の全議員がその議題を賛成可決したものであるから、このような場合右議案の提出に手続上の瑕疵があるとしても右決議を無効に至らせる瑕疵とはいいえないと解すべきであり、前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記宗議会は、長年に亘る大谷光暢と内局の間の紛争が昭和五五年一一月頃に至つてようやく和解の気運が盛上り、その和解を踏まえたうえで、宗門の公論によつて爾後の大谷派の組織の改変を図る宗議会であり、決議の内容こそが肝要であつて、もし、例えば、五辻が法的には宗務総長ではないとして、原告主張の如き違法事由のために決議を無効とすれば、前記和解を水泡に帰せしめる状況であつたこと、宗議会においても、原告主張の如き手続違反を問責する意見は何ら出されなかつたこと、過去における決議等を追認する決議においては、議員定数六五名中、出席議員五一名の全会一致により決議されていることの各事実が認められるのであつて、右事実のもとで原告主張の手続の瑕疵の内容を考えれば、右主張事実が認められるとしても前記決議を不成立ないし無効と解するのは相当でないこと、成程、右決議は五辻を宗務総長に推挙する旨の前記仮処分に違反した宗議会の議決を承認決議しているが、その内容は、あらためて右推挙の決議を行なつたものと解することができるから、右決議により右推挙がなされたものというべきであるところ、これにより、先になされた大谷光暢による五辻の宗務総長任命の前提条件が事後的に充足されたことになるので、ここにおいて、右任命は有効になつたものといわなければならない。そうすると、原告の右②及び④の各主張の点も採用できず、前記臨時宗議会の決議以降五辻が真宗大谷派の宗務総長に就任しているものであるから、昭和五六年五月二七日の前記宗議会が原告主張のとおり宗務総長不存在のまま開催されたことは認められない(むしろ、右宗務総長は存在していた)から、右宗議会における前記決議が不存在、ないし無効であることは認められず、有効に成立しているものといわなければならない。

(三)  次に、原告は、右宗議会における決議は、再抗弁2記載の事由(宗教法人法七八条一項違反)により無効である旨主張する。

ところで、原告が被告(本願寺)を本山とする東京本願寺(宗教法人)の住職及び代表役員であつたこと、真宗大谷派が宗憲改正の動きを止めなかつたので東京本願寺は真宗大谷派との間の被包括関係の廃止(宗教法人法二六条)を決意し、昭和五五年一月二八日真宗大谷派に対しその旨の通知をなし、同年四月九日東京都知事に対しこれについての規則変更の認証申請をなしたところ、同知事は昭和五六年三月二六日右申請を受理し、同年六月一五日右規則変更を認証したこと、従つて、これにより、東京本願寺の真宗大谷派に対する被包括関係が廃止されたことは、当事者間に争いがない。しかし、宗教法人法七八条一項に規定する不利益処分は、包括団体において、特定の単位宗教法人との間の包括関係の廃止を防止する目的を有するか、又はその廃止を企てたことを理由とすること、すなわち、包括団体にかかる意図を有していたことを要件とする(かかる意図を有していないときは、右不利益処分の禁止に当らない)ものと解するを相当とするところ、仮に真宗大谷派のなした前記(一)に認定の決議(新宗憲の制定、本山寺法の廃止、内事章範の制定)が原告にとつて不利益なものに該当するとしても、この場合包括団体である真宗大谷派において右に判示の意図を有していたを認めるに足りる証拠はなく、〈証拠〉によれば、真宗大谷派の右決議は、東京本願寺の前記被包括関係の廃止の決意以前から、真宗大谷派において計画、立案され、その実施を企図されていたものである(東京本願寺は真宗大谷派の右計画を知つて、前記被包括関係の廃止を決意し、その実施に移行した)ことが認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない)ので、真宗大谷派において前記決議につき前記判示の意図を有していたことはこれを認めるに由ないものである。そうすると、原告の前記宗教法人法七八条一項違反の主張は採用できない。

(四)  〈証拠〉によれば、真宗大谷派の宗憲、本山寺法、内事章範はその内容において、宗教法人法所定の世俗的な人事や財産管理につき規定したものではなく、宗教活動を行なうための宗教上の事柄を規定したものであることが認められる。そうすると、真宗大谷派において自由にこれを規定することができるものというべきであり(右規定につき宗教法人法所定の知事の認証を要しないし、前記判示のとおり、右規定につき原告主張の無効の事由は認められない)、右規定は被告(本願寺)の前記規則により被告(本願寺)にも適用されるものであるから、その制定(本山寺法については廃止)、施行(昭和五六年六月一一日)により、原告は法嗣の地位を喪失(仮に右地位が原告主張のとおり準委任類似の契約関係にあつたとしても、これは終了)したものといわなければならない。してみれば、同日以降原告が被告に対し前記法嗣費の支払請求権を有することは認められない。

四よつて、原告の被告(本願寺)の法嗣であることの確認請求の訴は不適法であからこれを却下し、原告のその余の請求(法嗣費支払請求)は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官山﨑末記)

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